B'z

2014年02月26日

enzine

2014年2月26日0時、稲葉のアニキが「
稲葉浩志 Official Website en-zine」をブチ上げました。B'zを百倍楽しむブログ東京油田を運営する僕としては、これに飛びつかない手はない。ということで色々見てみて、個人的にチェックポイントを見つけたので、まとめてみようと思います。いつも通り熱量高めです。不信心者は尻尾巻いて逃げ出せ。

最初に。このサイトはなんぞやという話。公式の説明だとこんな感じです。
ソロ・プロジェクトに於いて稲葉浩志が大切にしている言葉『en』。
表現の “演” 、人と人とをつなぐ “縁” 、ひとつになる “円” ・・・ “炎” “艶” “宴” など、言葉ひとつでもそれぞれの受け止め方によって多彩な意味を持つ『en』と、アメリカ西海岸で始まった手作りの冊子『zine』を掛け合わせた『en-zine』サイト。毎月、新たな情報やコンテンツを発信していく当サイトの今後の展開にご注目ください。http://en-zine.jp/pc/encyclopedia/index.html
と。なるほどなるほど。今後の展開にご注目とは、なかなかブチ上げ度高い文言。

僕はこの説明文と、そしてサイト内で新曲をYoutubeフル配信している事で、ある一つの仮説を立てました。つまり、「en-zineは、日本を代表するビッグアーティストの一人である稲葉さんが、インターネットとの付き合い方、アーティストとしてのあり方を攻撃的に模索していく試みではないか?」という仮説です。なんせこれまで、Youtubeでの音源アップロードを比較的厳しく取り締まってきていたB'zです。連想したのはLittleMonsters.com。LADY GAGAが主催するSNS。

「いよっ!アメリカかぶれ!」と言いたいところですが、僕は稲葉さんに対する信頼感を込めて、「en-zine」は僕をセブンスヘブンへと導く入口になるのではないかと期待しています。この期待を説明するためには、昨今のweb事情をちょっと補足する必要があります。

2014年現在。日本における音楽×インターネット、アーティスト×インターネットの関係性は、決して良好とは言えません。その傾向は、ビッグアーティストになればなるほど顕著です。これはなにも日本に限ったことでは無いと思われますが、少なくともアメリカでは、vevo.comがYoutubeとレコード会社の橋渡しを担う企業として存在しているようです。無料で動画を配信し、広告費で運営するサービスで、2009年からサービスインしています。それから5年経った現在でも、日本在住者はアカウントを作ることすら出来ません。インターネットにも国境はあるのです。

そんな中、2012年にGAGA様が、Little Monstersというサービスを立ち上げます。ファン同士が交流するSNS。GAGA様は、このサービスをきっかけとして世界を変えたいと言っていました。この試みはおそらくある程度成功していて、その証拠は、最近GAGA様をテレビで見かけないなぁというその実感に尽きます。テレビが喜ぶような情報発信を、彼女が必要としなくなってきているのだということです。

興味ない人含め1億人に認知させて100万枚CD売ろうというのが昭和的、テレビ的なモデルだとするならば。インターネット的なモデルとは、ファンが1000人いれば音楽活動に専念できる。1万人いれば結構な会場でコンサートが出来る。では10万人、100万人なら?という世界です。日本でいうとアイドル的な活動方法で、だからこそ現在日本では、アイドル業界が比較的活況なのだと思います。「誰もが知っている存在になる必要はない。しかし、自分たちを好きだと言ってくれるファンは、確実にネクストステージへと連れてってやる」という気概こそが、現代のアーティストに求められるものなのだと思います。en-zineをSNS化するかは未知数ですが、右から2番目のボタンが、いかにもそれっぽい。ちなみにURLはfate、和訳すると「運命」。重い。試みの壮大さを予感させます。

稲葉さんが「今後の展開にご注目」と言う真意は、きっとここら辺に挑戦するものであるだろう。そういう予測をたてた根拠は、それが時代的必然であろうという見立て以外にもう一つ。「zine」という表現媒体を冠しているという点にあります。

実は最近、僕はこの「zine」という媒体スタイルを知り、こっそり興奮していました。abcdefg*recordという名古屋発のインディレーベルのサイトで、zineの販売をやっていたのです。たった2人で運営されるこのレーベルは、このブログでも何度か取り上げた、アーティストを主体としたAllison Weissさんのやり方とはまた違った、レーベルとしての新しいあり方を模索し、成功させているように見られます。

abcdefg*recordでは、フォトZINEなるものを販売しています。プリンターでプリントアウトした旅の写真をホチキスで製本し、500円くらいの値段をつけたものですが、一部soldoutにもなっており、しっかり成立しているようです。なぜインディレーベル主催者の旅行写真が商品になるのか?それは、このレーベルにファンが着いているからとしか言いようがありません。tumblr.をやっている人は、こちらのリンクを見てみてください。photozineというのがどういうものか、なんとなく分かるんじゃないかなと思います。

有用な情報と広告を起源とするフリーペーパーではなく、ファンとフロントマンの関係性を起源とするzineという考え方。ファンクラブの様な、一対多の関係でなく、ファン一人ひとりを認識しようとしている…というのは考えすぎでしょうか。B'z/稲葉さんがYoutubeに新曲をフルでアップしたのは、今回が初だと思います。タイトルは「念書」。重い。覚悟を求められています。僕は僕たちは稲葉に覚悟を求められています。PVはあたかもAppleの1984。ソロライブは品川一会場のみ。信じるものしか救えない神様はセコいと言っていた稲葉はしかし、信じるものを強力に救済する存在へと変貌しようとしているのかもしれません。OK、覚悟完了。


という訳で、en-zineについて考察してみました。僕は期待しているし、もしこの仮説が実現し結実した暁には、「俺はこの瞬間のためにB'zファンをやっていたのだ!」といえるほどのカタルシスを感じることとなるでしょう。しかし、しかし。ただひとつだけ、最後にこれだけはどうしても言っておかねばなりません。

サイトがダサい。

思わず笑った。試みの新規性を覆い隠す時代錯誤なビジュアル。てかなにあのスプラッシュスクリーン!メインページが表示される前のビジュアルだけのページね。今どき!まさかFlashじゃねぇだろうなととりあえず右クリックしてみて、それはなかったので良かったけど今どき!あとページ内のあのボタン!今どき!ロールオーバー時にピポッとか音がしなくて良かった。フラット意識しろとは言わないけどさ。てかかっこ良ければいいんですけども!単体パーツとしてもあまりにダサいよ。そういう問題ですら無いんだけど、でもせめてアイコンの位置中心に合わせようよ。なんで全部ちょっと位置下なんだよ。



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sarustar at 07:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2013年04月09日

matsuko

6/12にB'zの25周年ニューアルバムがリリースらしいので、思い出したように2年前に発売されたアルバム「C'mon」の全曲レビューを敢行してみる。

C'mon
タイトル曲。グレイト。日本人の日本人による日本人のためのRockを追求し続けてきたB'zが2011年にたどり着いたのが、「着いてこい」というメッセージだったと言うことに胸熱。一人じゃ何も出来ないと自責し、愚痴ってもいいよと慰めながら、それでも立ち止まり跪く事だけは許さない。偉大なる兄貴。

さよなら傷だらけの日々よ
C'monを受け、踏み出した一歩を更に後押しする、燃え系の曲。B'zの視線はいつだって、傷だらけの日々を歩き、しかし歩みを止めない人を向いている。ボクを傷つけるのはボクである。そんな傷は本当の傷じゃないと誰が言えるだろう?傷の深さは絶対的なものではなく相対的なもの。それを否定してしまったら、一人ひとりが前へ出ようとするその一歩は尊いと認めることさえ出来なくなる。

ひとしずくのアナタ
B'zの楽曲を大別するなら、前2曲のような燃え系と、情けない男が主人公のラブソングに分けられるだろう。自らのスペックを無限に棚上げし、ただ自己憐憫に終始する曲は過去いくつもあったし、これからも恐らく作られ続ける。しかしこの曲は、いつもの頼りない情けない男の中に、それでもどこか前を向こうとする強さを感じさせる。このアルバムのテーマを逆説的に感じさせる一曲。

Homebound
和訳すると、「家路」とでもなるだろうか。「置き去りの雑誌に素敵なニュースが見えても うらやむことはない あなたが待ってるから もうすぐ帰るから」という世界観。恐らく稲葉さんはこういう世界観を持っている。しかし同時に、というかむしろ強烈に存在感を放つ「うらやむ」という言葉。何にも代えがたい小さな幸せを愛でる繊細さと、歩け走れと急き立てるハイスペックな天命に揺さぶられ続けるバンド。それがB'z。

Don't wanna lie
これもまた燃え系である。が、冒頭2曲と比べ、さらに情けない主人公。「人間」と書いて「ひと」と読ませる大きな主語からはじまる、具体性を著しく欠く主観。まるで思春期の男の子のような自我を感じさせる。そんな幼い自我を抱えたまま、しかし歌詞は「僕ときたらごまかしつづけ もう何年たつだろう」と続く。大人になれない大人が、それでも誠意を持って世界に出て行こうとする描写。直視するのが辛いくらいの情けなさだが、それはこの国の一つの現実かもしれない。

DAREKA
「誰かにそばにいてほしい 厳しい夜もあれば 誰かと声枯らして壊れたい 血がたぎる時だってある」 お分かり頂けるだろうか。稲葉浩志の自己紹介である。しかし、「ねえ誰か 僕をしっているんだろ」から「人は誰かの返事を待ちながら 暗くせつない夜を越えてゆく」に繋がる歌詞の中で、主観を広げている事を見逃してはいけない。このバリアフリーな主観の拡張が、稲葉さんの歌詞にリアリティと大衆性を両立させている。

ボス
B'zはたまにロールプレイングをやる。タクシードライバーになってみたりギャンブラーになってみたり水泳選手になってみたりする。今回は国家元首になった。アイムソーリー、アイアムソーリ。社会を歌うことはあっても政治を歌うことは無かったB'zが、突然政治家をモチーフにした歌を作った訳だが、それは稲葉さんが義憤に狩られたわけではなく、時の政治家が、稲葉さんの視界に入るくらいに情けない男化していたということなのだと思う。

Too Young
Homeboundと対をなす一曲といえるだろう。「あなたが待ってるから何も羨むことはない」と言っていた男が、「登りつめたいと燃えていたのさ。全部君のため、それがまずいのかも」と、自らの若さを悔いる。一気に匂い立つDQN臭。ナンシー関は著書「ヤンキー文化論序説」の中で、「日本人の三大気質は、ヤンキー、ミーハー、オタクである」と喝破していた。置き去りの雑誌を羨み登りつめたいと燃えるB'zが、日本人に受けない訳がない。

ピルグリム
ピルグリム。巡礼者である。メッセージは強くなく、主人公も特に情けなさを感じない、僕的にはつまらない曲。それだけに、稲葉さんの普通の言葉、普通の世界観を感じることはできる。もし稲葉浩志に、異常なハイスペックと過剰な情けなさがなければ、こういう曲が量産されたのだろう。内面の振れ幅こそ創作の要という事を気づかせてくれる曲。

ザ・マイスター
これもまた、ロールプレイング的な作詞法がとられている。各種制作を生業とする僕にとってはツボ的に好きな曲...というか僕のための曲じゃないかと思う。ネット時代になり、何かを作る人は増えただろう。その事を意識しているかは分からないが、制作入門〜中級者にとって、共感できる部分が多い歌詞になっていると思う。熱しやすく冷めやすい、考えすぎて手が止まる。自らの中にまだ制作の流れを持っていない青二才が陥りやすい状況をまず描写し、「よくある事さ!」と勇気づける。コミカルながら稲葉兄貴の兄貴たる所以を感じさせる、C'monらしい一曲。

デッドエンド
一転して重いタイトルである。デッドエンド=袋小路。どん詰まり。まとめサイトや2ch、togetter等にまま見られる、「考えすぎて、頭の中ですべてが完結し、シニカルに俯瞰しているつもりで、実は超近視眼的」という人間像。ハッキリ言って友達になりたくない部類の人間だし、自分の中にそういう部分を見つけたら、すぐさま蓋をしてしまいたくなる。しかしそこは兄貴である。正確に描写し、寄り添い、伝わりそうな言葉を丁寧に紡ぐ。

命名
DQNキラキラネームが蔓延する現代に対し、このストレートなタイトルを持ってくるクソ真面目。ザ・マイスターがニコニコ動画、デッドエンドが2chを見て書かれた歌詞だとするならば、この曲は小悪魔ageha片手に書かれた歌詞だといえよう。こんな曲を歌い、40万枚近く売りあげても、やっぱり車内放置で乳児死亡なんてニュースは絶えない。「映画は世界を変えるつもりで作らなければいけない。それでも世界は変わらないんだけど。」といった宮崎駿と通じるものがあるんじゃないかと感じてしまう。

ultra soul 2011
最後の曲。結構長くなったねウルトラソウっ!

ふぅ。終了。
最後にいつものCM貼っておきます。これほんと良いCMだと思うんだよなぁ。グレイト ミーツ デラックス。



sarustar at 11:08|PermalinkComments(2)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote