思ったこと

2011年10月10日

windowspc

例の脳科学者にとってWindowsはひたすらイライラさせられる大っ嫌いなOSのようですが、昨日も書いたように、僕はWindows派です。これまで自分で7台のパソコンを買いましたが、うち6台はWindows機です。

基礎知識として。よくMacとWindowsどっちが好き?という比較がされますが、これは実はおかしくて、正確に言うならMacOSとWindowsどっちが好き?という比較でなければなりません。Macというのは「MacOSがハード(本体)に搭載された商品」を指す言葉であるのに対して、WindowsはまんまOSの名称だからです。

※OSというのは、オペレーティングシステムの略で、さまざまなソフトを動かす元になるプログラムのことです。例えばPS3を買った場合、起動するとまずPlaystation3のロゴが表示されますが、あれは「PS3本体に、Playstation3OSが搭載されている」状態です。PlaystationOSにさまざまなゲームソフトをロードさせる事で、ゲームで遊べるのがPS3ですが、Windows機の場合はWindowsに例えばExcelをインストールする事で、表計算が出来るようになるわけです。Windows機はSONYやDELLが本体を組み立てて、そこにMicrosoft社のWindowsOSを搭載しているパソコンをまとめて、WindowsPCと言います。Macは、OSも本体もAppleがコントロールしています。

これはiPhoneとAndroidの比較でも同じで、僕も昨日「iPhoneよりandroid」とか書いてたので、人のことは全然言えないんですけどね。まぁ意味は通るので問題は無いですが、こと優劣を比較する場合において、「MacとWindows」という比較は、土俵がそもそも違うという前提があります。

AppleとMicrosoftは、コンピューターの歴史においては、コンピューターが一般家庭に普及する段階、つまりコンピューターがパーソナルコンピューターへと変化する段階で躍進した企業です。その段階で登場したSteve JobsとBill Gatesは、異なる選択をしました。ざっくり書くと、自らのビジョンを達成するために全てをコントロールしようとしたSteve Jobsは、ハードも自らコントロールする事を選び、Bill Gatesはすでに普及していたものの使い勝手の良くなかったコンピューターに、使いやすいOSを提供する事を選んだのです。

Appleの選択は、初期においてはハードと一体型である事が製造コストに直結し、シェアを獲得し切れませんでした。Microsoftの選択は、初期においては成功を収めますが、やがてハードをコントロールできないために汎用的なOSである事を求められ、イノベーションを起こし辛くなります。この選択はどっちが正しいというものではなく、お互いにお互いを必要とした関係です。Windowsがなければ、パソコンは今ほどのスケールを持たず、価格ももっと高価だったでしょう。そしてMacが無ければ、パソコンは今より格段につまらなかったでしょう。

僕がMacよりWindowsPCの方が好きなのは、Windowsのほうが、パソコンのハードルを下げる事に貢献しているからです。95年、当時高校生だった僕は、テレビでWindows95の発売に列を作る大人たちのニュースを見ていました。OS=ソフトウェアは、コピーのコストが極めて安価なため、量産にしたがってコストは限りなくゼロに近づきます。「なのに値段をつけるWindowsウザい」というLinux陣営の声にも大賛成しつつ、とはいえMicrosoftは大企業で無いとできない事をやっているし、結果パソコン普及の最大の功労者である事は間違いないと思います。

その点で言うとMacは、自由であるべきプログラムに、ハードという鎖をつけているように感じられます。それはJobsのビジョンとしてはもちろん美しく、だからこそ魅力的なデバイスを生み続ける事が出来たのは間違いないのですが、限りなく自由を目指すプログラムの理想からは、最も遠いところにあるようにも感じられるのです。活版印刷が知識を大衆のものとしたように、ハードの制約から解き放たれたWindowsは、僕にコンピューターの楽しさを届けてくれました。Appleが頂を引き上げ、Microsoftが裾野を広げる関係から、コンピューター、インターネット関連企業の隆盛が触発され、インターネットがスピードとスケールを獲得し、現在のコンピューターカルチャーが出来ているのです。

コンピューターカルチャーには、他のあらゆるカルチャーと同じように、歴史があります。そしてその歴史の中で、MacとWin、AppleとMicrosoft、Steve JobsとBill Gatesは、常に好敵手であり続けました。コンピューターを個人の手にという理想は、その経路は違ったにせよ、両者が、そしてコンピューターカルチャーの担い手たちが、共通して持つビジョンでした。Microsoftは、1997年にJobsが復帰したAppleに150億円の出資をし、その翌年、AppleはiMacを発売します。もちろん、Mac版Officeの販売という計算はあったでしょう。しかし、僕はそこに、同じ理想を掲げたライバルへのエールを感じます。コンピューターが好きな人なら、きっと似た感覚を持っていると思います。

ということなので、チンゲ脳科学者がしたり顔で、しかもMicrosoftの元副社長の前で語った「コンピューティングはアルゴリズムの優劣ではなくエクスペリエンスだから脳科学的にはMacサイコーでWindowsなんか大嫌い!」って言葉は、そういった歴史や理想を馬鹿にしたものだと思います。(って突然なんだと思うかもしれませんが。ニコニコでのJobs追悼番組で、モジャ頭がそんな事言って、Microsoft元副社長の西さんがマジギレするということがあったのです。)大体あのむ脳科学者にアルゴリズムの優劣なんて判断できるんだろうか。ひょっとしたら横文字使ってそれっぽく見せてるだけで、「庶民にとっては楽しければOK」って事を言いたいだけなんじゃなかろうかってか絶対そうだろ。しかも「その事をApple以外は分かってない」だと?? もし本当に分かっていなかったらパソコンは今でも大学の研究室の中なんだよクソッタレ!

そんな薄ぺらい言葉を、僕の100倍はコンピューターが好きでその世界で生きてきた西さんが、かつてのライバル、パソコンカルチャーの大偉人の追悼番組でわざわざ聞かされる事になったのは、ほんとかわいそうだと思います。西さんって多分なんかめんどくさそうなおじさんなのかなと感じはしましたが、今回の件についてはほんと同情します。静かに悼みたかっただろうに。だって死んだのはSteve Jobsなんだもん。本当に偉人だったんだよ。

Livedoorニュース
元マイクロソフト副社長の西和彦氏、ジョブズは「人と対等な関係は得意じゃなかった」 

GIZMODO
ビル・ゲイツ氏追悼コメントを発表

WindowsとMacの歴史

ビルゲイツにお金出してもらった時の、TIMEの表紙。
1997_08_18_bill_thank_you


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2011年10月09日

steavejobs

2011.10.6、Apple創業者のSteve Jobsが無くなった。享年56歳。合掌。

過去使ったApple製品は、大学時代に中古で買ったPowerMacG4と、USBタイプのiPodShuffleのみの僕は、Apple信者とはとても言えません。そもそも僕自身Windows派を公言してたし、クローズドなiPhoneよりもオープンなAndroidが好みです。そんな僕ですが、彼の死は、思っていた以上にショックでした。今敏さんや中川昭一さんが亡くなった時の喪失感に似ています。宮崎駿が死んでも、多分こういうショックは受けないと思います。それは多分、世界の美しさに対する信頼感の違いに由来するものだと思います。

僕は今、パソコンが好きです。インターネットも好きですが、パソコン自体が好きです。テクノロジーが好きというのもありますが、文章の流れで制御され、パーツの組合せで千変万化するパソコンという形態自体が好きなのです。パソコンやインターネットを生み出した賢人たちの風貌や思想も大好きです。そしてその大好きなパソコンカルチャーの中に、Steve Jobsの思想は確かに反映されています。なんせ、WindowsはMacintoshのコピーでしかないのだから。もし彼がいなければ、パソコンは今とは全く違う形になっていたでしょう。

この人に対して晩年なんて言葉はとても似合わないのだけど、ともかくついこの間までの痩せ細った姿は痛々しくて、でもその割りに表情は明るくて、「ひょっとしてこのまま持ち直すんじゃないか」なんて思っていました。なんせ一度、死の淵から蘇ってる人だから。というか、何度も復活している人だから。劇的なApple社長解任復活劇はもちろん、その後のMicrosoftに対するAppleの至弱としての戦い方と、その結果としてのApple再生、そして本人の、癌で余命宣告を受けてからの復活は(今となっては一時的な復活でしたが)、そういう期待を持つのに十分な説得力を持っていました。

Steve Jobsは、上のスピーチでも言うように、美しさにこだわりました。大学でカリグラフィを学び、不要だと言われただろうと容易に想像できる、「さまざまなフォントをパソコンに搭載する」という決断を下しました。彼の美しさへのこだわりを感じさせるエピソードを数え上げればキリが無いので、最近読んだのをひとつ上げておきます。「
ある日曜日に突然かかってきた、スティーブ・ジョブズからの電話」 要約→ Googleのデザイン部長Vicに、休日早朝Jobsからの電話。Jobs 「iPhoneでGoogleのロゴを見ているのだけど、アイコンが気に食わない。Googleのロゴの二つ目のOの黄色のグラデーションがおかしいんだ。とにかく間違っていて、明日グレッグに修正させようと思うのだけど、それでいいかな?」 Vic「喜んでwww」

というか、こんなエピソードを見るまでも無いですね。Jobs復帰後のApple製品は、カラフルで透明なボディで明らかにパソコンへの見方を変えた「iMac」を筆頭に、どれもこれも多数決では絶対作られないものばかりです。Apple製品は、知れば知るほど一人の人間の偏執的なこだわりを感じさせる一方で、出てしまえば「これが欲しかったんだ!」と思わずにいられないデザインの商品がほとんどでした。


僕にとってSteve Jobsは、蒼天航路の曹操よろしく、人類の傑作でした。より正確に言うなら、アメリカ人の傑作。学習の価値を知っていて、その力を信じている両親から生まれた、逆境に叩きのめされ、落ち込んで、それでも信念と直感に従い、復活するたくましさをもった人間。可憐でささやかな幸せではなく、前に進むことを心底信じていられる性格。確固たるビジョンとそれを人に伝えることの出来る魅力、そして実現させる能力。社会が、血が代々受け継いできた「良いもの」の積み重ねを感じさせる人でした。

複雑な出生や余命宣告といった人間としての逆境や、資本主義の良い面と悪い面を最大限経験しつつ、なお前を向き続ける圧倒的な人間。甲斐くんの言葉を借りるなら、「世を変え人心を熱狂させるのは、退屈な正論を積み重ねた現実ではなくて、壇上から声高に繰り返す理想的な暴論とその実践」という方法論を、Appleを通して体現していた人。それが、僕の感じるSteve Jobsでした。

「暴論」を伝える手段としての製品に妥協を許さなかったという点で、彼は純粋にクリエイターでした。また、その「壇上」がMacworldだったという点で、純粋に経営者でもありました。成果を見ればAppleにとっては救世主だし、Microsoftや音楽業界への立ち居地と影響を見れば、開拓者、革命家であったとも言えます。これらが彼の中で矛盾無く同居していたことが、彼を稀有の存在にしています。それはApple社員にとっては「ヒーロー」だったろうし、信者にとっては「神」だったのだと思います。

そういう人が生涯にわたり持ち続けたのが、美しさへのこだわりだったことに、僕は素直に励まされます。なぜなら、そこに善なるものや進化すること、もっと言えば人類や命への信頼を、どうしても感じてしまうからです。僕はそういう信頼感を、今敏や中川昭一からも感じていました。だから喪失感が似ているのだと思います。荒木飛呂彦や藤子F不二雄、新井英樹、スティーブン・スピルバーグにも感じます。それはすなわち、人間賛歌というメッセージなのかもしれません。Steve Jobsの考える美しさは、僕の考える美しさとは毛色が違うので、僕はApple信者にはなれませんでした。でも、彼が死ぬ事で、世界を美しくを見る視線、明るく力強い視線が確実に失われたことは、やっぱり、悲しいです。

最後に。だから、ありがとう、Steve Jobs。あなたのおかげで、僕はパソコンを楽しく使えています。きっとこれからも使い続けます。iPhoneやiPadを使うかは分からないけど、あなたが生んだビジョンの片鱗は、きっとこれから先、世界中で見つけられると思います。たくさんの素晴らしい事と最悪な事を経験したあなたが、それでも美しさを信じ、明るいビジョンを持ち続け、しかもそれで世界一の企業を作ったというまぎれもない事実は、僕を含めた多くの人に勇気を与え続けるでしょう。Stay,hungry.Stay,foolish.Think different.ありがとう。ありがとう。そしてどうか安らかに。さよなら。



11/10/9 15:18 追記


Jobsのプレゼンをボーカロイド素材にして色々曲作ってる人の動画。
英語分からなくてもなんとなく分かる。

スティーブ・ジョブズの一生 [1955-2011] GIZMODE
http://www.gizmodo.jp/2011/10/post_9471.html
興味を持った方はこちらもどうぞ。

2014.10.10 追記
関連してWindowsとAppleについて書きました。
僕がWindowsを好きな理由と茂木健一郎の薄ペラさ

sarustar at 00:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2011年06月23日

wp

先日、
WordPressで覚える、PHPの超基礎!という勉強会に参加するため、大阪行ってきました。朝一で大阪行って深夜バスで東京という強行スケジュール。その後花小金井でブスラジ収録するなどして、今はmiyama cafe@目黒。ルノアールとmiyamaにはお世話になってます。iPodと携帯を充電しながらLivedoorWirelessでPC利用中。

勉強会は参加して良かった。「PHPはずばりHTMLを出力するための言語です」ってお墨付きが貰えたのと、WPテーマをマッサラにして一から組む手順が分かったのと、あとCodexってページの存在&利用法が分かったのが収穫でした。プログラムの文法はASと似てたので、そこはふむふむと。WPが優秀って事なのかもだけど、直感的に分かりやすい言語なのかなーという印象。そういう印象持てたのも良かったです。講師の@HissyNC さんありがとうございました。

今回wordpressをインストールしてみてびっくりしたんだけど、tumblr.の「Share on Tumblr」ブックマークレットみたいなのって、そもそもwordpressに組み込まれてるのね。どっちが先なのかは分からないけど、あの便利機能がさっくり標準装備されてるのって、だいぶ素敵だと思う。一気にWP好きになった。今更かもですけど。

で。

tumblr.の「Share on Tumblr」とかtwitterとかって、要は「分解」のツールだ。この分解ってのは、ここ数年のインターネットのトレンドのように思う。対象者の脳みそからもれ出る呟きをtwitterで切り取って、文章の一部をQuoteで切り取って、偉人の生き様を名言でワンフレーズだけ切り取って、断片を次々に消費する感じ。Youtubeなんて、再生開始時間をURLで指定する事ができる。映像を断片化するようなものだ。そう考えると、サイトをページ単位に分割するのが検索サービスな訳で、ここ数年のトレンドというよりは、ほとんどインターネットそのものだったのかもしれない。

そこから先、じゃぁその断片をどう整理するかというのは、「個人のTL/Dashboardの個性」とか、FBだったら「個人とその友達の関係性」って言葉でしか示されてない。その極地が多分FriendFeedで、あれは全ての断片を、TLでもDashboardでも関係性でもなく「個人」に集約しちゃう、断片化時代の一つの解なのだと思う。やってる事はほとんどデフラグに近い。

そういう、断片の集積がただあるのみって状況は、確かに情報にとって純粋な状況なのかもしれないけど、それはあくまで情報の一側面なのではなかろうかと思うし、情報と向き合う人間にとって、あまり良い状況ではないようにも思う。砂漠でどこどこに水があるって情報は、今自分がどこにいるかって情報とセットにならないと、人間にとって意味が無い。現状のインターネットは、砂漠のど真ん中で「今自分がどこにいるか」って情報とのつながりが無いまま、「どこに水がある」って情報だけが飛び回ってるように見える。そのオアシスは蜃気楼かもしれないのに。

分解された情報の再構築をテーマにしてるサービスを例に挙げてみると、togetterはまさにだし、amazonの「あなたへのオススメ」もそうだし、turntable.fm もそうだと思う。DJって、断片化された音源という情報を再構築して物語を作るのが役割だ。最も、今のところそこで共有される物語って「個人のセンス」でしかなさそうだけど、例えばニコニコやyoutubeの「作業用BGM」みたいな使われ方をすると、それは「作業に適した音楽」という物語を作り、「作業を効率的に/楽しく進める」という価値を生む。

情報は独立したがってるのと同時に、繋がりたがってもいる。PermalinkはHyperlinkを必要としている。バラバラに刻まれた情報をある意図に沿って整頓するサービスは、断片化が進むに連れて、より価値を増すのだと思う。楽しく編集するツールは、インターネットにもっとあっても良いんじゃないかなーと思う。

sarustar at 16:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2011年06月02日

bz

B'zを100倍楽しむブログでお馴染み、「東京油田」管理人さるすたです。本日は、
前々回の予告どおり「俺、B'zは超えてねぇなぁ」をお届けします。書く書く詐欺常習の僕なので、こうしてお届けできているという事がすでに、B'zのかっこよさを物語っているのではないかと。聞いてると書きたくなっちゃうんだよね。一晩かけて書いただけあって、読み返してみるとクソ暑苦しいわぁ。ちなみに今のBGMはSeventh Heaven/ELEVEN。長文だから気合入れてね!キョロキョロしてる暇は無いよ多分!



で。

小4の頃、入院(少年院)してました。友達(当然孤児院の)と離れ、マズイ飯(当然量も少ない)を食い、目つきの悪い指導員(当然院長もグル)に体罰を受け、嫌な先輩(当然ケツを狙ってくる)と殴りあい、週一で面会に来る母(当然娼婦)にシャバの様子を聞く最悪な少年時代。そんな中、唯一優しくしてくれた本谷君(当然無罪)と、布団に隠れて壊れかけのラジカセで聞いた(当然放送室に忍び込んでボリュームマックスで院内放送もした)(そして懲罰房)のが、運び屋(当然黒人)におやつのカプリコ3本で持ち込んでもらった、B'z/IN THE LIFEのテープでした。これぞ我がロックンロール原体験。実にパーフェクト。

そして入った中学校。X-japanが牽引するバンドブームの到来。一週間でギター小僧が倍増するドッグウィークの真っ只中、若干乗り遅れた僕は「今から目立つなら違うことしねぇと!」と、ベースを手に取りました。バンドキッズの仲間入りをし、与えられた課題曲は3曲。鬼の16分音符!StandingSex/X-japan、洋楽カッコイイ!BascketCase/GreenDay、日本にはヒロトとマーシーがいる!僕の右手/the blue hearts。バンドの方向性を探るべく、各種取り揃えた選曲。これぞ我が燦然と輝くロード・オブ・ロックンロール。

そんなロックンロールのパーフェクト街道を歩いてきた僕は、ある日ふとした違和感を感じます。

燃えねぇ…

そう。なんか違ったんです。ベースの練習が地味過ぎるとかそういう事でなく、曲が響かない。そもそもsexしたこと無いし、ましてやStandingSexとか都市伝説。BascketCaseってそれどんなカゴ?って感じだし、僕の右手はここにあるし。イミフ。おかしい。完璧なロックンロール原体験に始まり、完璧なロックンロール街道を歩んできたはずなのに。

そして気付きました。俺少年院とか全然入ってない。普通に病院だった。孤児院じゃなくて小学校、しかも私立のミッションスクールで、友達は千羽鶴とかくれたし、先輩も大体優しかったし、本谷くんは確かに夜病院を抜け出してコンビニに連れてってくれた良い先輩だけど、結構良いCDラジカセ使ってたし、俺が放送室で流したのは朝のラジオ体操のレコードだ!

そういえば中学でベース買ったのも、バイトして金貯めたとか毎日楽器屋のショーウィンドーに張り付いてたら良いスーツ着たおじさんが買ってくれたとかじゃなくて、「テストで良い点取ったら買ってー」つって買ってもらったやつだし、練習も部屋で黙々とじゃなくて、昔エレクトーン習ってた先生の旦那さんに一回3000円で個人レッスンしてもらってたんだった。全然ロックじゃねぇ。

そうです。僕、結構順調な人生を送ってたんです。ちょうどバブル華やかなりし頃で家もなかなか裕福だったし、勉強も割と出来たし。喧嘩なんかした事もないし、小学生の頃ラブレター貰ったり、初めての彼女は中学で出来たり。そんな僕に、ドブネズミの美しさは分からなかった。僕にロックンロールは必要無かったし、ロックンロールも僕を必要としていませんでした。

でも、どんなキッズにでも思春期のムシャクシャは襲ってくるし、悩みの無い人なんていません。私立上がりで友達もおらず、輪に入ろうと必死だった中1-2年の頃。不良を肯定する漫画はいっぱいあっても、ボンクラを支える音楽はいっぱいあっても、運動が苦手で勉強がそこそこ得意な演劇部の男の子の生き方を教えてくれるコンテンツはありませんでした。上級生に絡まれて殴られた時、これでみんなの輪に入れると思ったものです。あぁ若かった。

そんな僕にとって、B'zは響きました。「ここまで来るにはそれなりの経過もある。他人にはわからないけど自信は煙のようだった」なんて、他に誰も言ってくれませんでした。追いつめられた心溶かす鈍色の肖像が切り刻まれた記憶を映しだす事は無くても、つらい思いしないのはダサいね!って歌詞に励まされることは何度もありました。ルフィでもエースでもなくサボの辛さに似てるかもしれません。あ、サボって生存説あるんですね。これは楽しみ。

その後、上京して色んな人に会い、健全な劣等感や非コミュ属性を発揮し始めることで、やっとボンクラソングがまっすぐ響くようになります。ドブネズミの美しさが分かり、ロックンロールがこっちを向いてくれるのです。ところがその頃になると、昔ロックンロール!って言ってた奴の多くは、あっさり卒業していっちゃってるんですけども。出会いが遅かったせいですっかりこじらせてます僕。いやー騙された。

でも、B'zは卒業できません。いつまで経っても壁です。なぜなら彼らは、賢い頭で「持つ者がロックンロールを歌う事」を考え抜いているからです。一部の天才を除き、現代日本で何か表現しようとする時、自分達は基本「持つ者である」という認識は不可欠だと思います。母国語で教育を受けられ、ちょっと頑張れば最高水準のオートバイが手に入り、夜道に女性が一人で歩いていても安心できる日本に居たまま、持たないフリをして辿り着けるメッセージは、「ナンバーワンより特別なオンリーワン」「俺達の絆」止まりです。

持たざる者は敵がはっきりしています。持つ者です。だから大人になり、自分なりの「持つもの」を持ったとき、持たざる者は持たざる者の音楽を超えていきます。しかしB'zは、本物の銃弾をくらうことは少なくても、食料が底をつくこともあんまりなくても、僕の戦場は僕の胸の中に!と言います。黒人が生み白人が育てたロックンロールに憧れ抜いた者が、世界有数の経済大国、かつ自殺大国で発するメッセージとしては、これ以上なく誠実ではないでしょうか。

熱き鼓動の果てが例えZEROだったとしても、将来無理がたたって消えてなくなりそうでも、まだやだ僕は帰りたくない!STAY GREEN!しんどくなったら、そこに長居は無用さ。キリのない反省はここでは無しよ!流行過多な世の中、敵が居なけりゃ始まらない奴らを相手にすんのも、なかなか大変だよなマッタク。でも、どこでも行ける、そうなるように生きていけば。この国はもうダメだってのが口癖で、街行く恋人や外人を気の済むまで羨んで、自分で自分をけなして満足するのはそろそろやめて、野生のENERGYでNativeDanceを踊れ!熱いJUICE振り絞れ!冗談を飛ばしながらも、荒野を走れどこまでも!あぁなんてド直球。真っ直ぐで良いんだよ、かっこ良ければ。

B'zは僕に、日本に生まれて日本に居ても、渇きを抱えて良いことを教えてくれます。未だに人種差別なんかやってる野蛮な国では辿り着けない価値観を切り開けば良いのです。「僕、良い子だったろ?」なんて台詞を生んだ寄生獣や、「ずるい!なんでそいつばっかり!」なんて台詞を生んだHUNTER×HUNTERの様に。

元来理性の男でありながら、理で計れぬロックンロールに身を捧げてロックンロールそのものとなったB'z。彼らがやがてロックンロールを超えていくその先にあるものは、結局個人の中にある月であるというのが、現時点での彼らの答えです。この先どうなるかにも期待しつつ、こんな青臭い事を半ズボンで声高に叫ぶB'zは、やはり最高にかっこいいと思います。

sarustar at 11:30|PermalinkComments(1)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2011年05月21日

ushijima

職業に貴賎なしって言葉があるけど、あれ絶対ウソ。というか、正確じゃない。正確には、「職業の貴賎と、その職に着いてる人の貴賎は直結しない」って事だ。恐らく、身分制度がはっきりしてる背景で、賎しいとされる仕事に着くことを余儀なくされた人を励ますため、「いかな仕事であろうと、誠心誠意勤めておれば、それで良いのだよ。職業に貴賎はないのだよ」みたいな流れで生まれた文脈(未検証)だろうけど、だとしたらそもそも弱者救済という大目的を前提に作られた言葉なわけで、そこに補足の余地はどうしたって生まれる。弱ってる人に正確なことを言おうとしても、相手を疲れさせるだけってケースが多い。まずは気持ちを軽くさせんがためにキャッチーなフレーズを選ぶのは、仕方の無いことだ。

職業に貴賎はある。しかし賎しい職業についているからと言って、その人が必ず賎しいかといえばそうではない。人はそんなに単純じゃない。ただし、職業にはその人の人格を引っ張ろうとする力があるという事も、また事実。だからこそ職業選択の自由には価値がある。というのが、僕の職業観です。まぁ僕ほとんど働いてないんですけどねー。

で、なんで突然こんな事を言い出したかというと。前々からいつか書きたいなーと思ってはいたんだけど、眠くてナチュラルハイになってる状況で、とある記事を見たからなのです。週刊実話ソースだから信憑性とかペラッペラなんだけど、なんか納得できてしまった。颯爽と全文引用。

 「東日本大震災のあと、東京のスカウトマンが次々と被災地入りしているんですよ。もちろん、ボランティアではありません。やつらの狙いは一つ、東北の女の子たちですよ」
 こう激高するのは、都内にあるAV事務所のマネジャーだ。同業者とはいえ、あまりにも良識のない行動に怒りが収まらず、今回、本誌に告発してくれた。
 「彼らは被災した女の子に『モデルをやらない?』と声をかけ、高額のギャラを提示。平時ならオチなかった美女もいまならお金に困っている可能性が高いと見て、ここぞとばかりに口説いているんです」(前同)

 事実、宮城県のある避難所の近くでは最近、見慣れないホスト風の若い連中が跋扈しているという。
 「明らかに異様。着の身着のままで逃げてきた自分たちと違って、高そうなスーツを着ていますからね」
 と言うのは、避難所暮らしを続けている地元男性。
 「うちの避難所にいる19歳の娘さんが声をかけられたそうです。『義援金もまだ出ていないんでしょ。20万円出すからどう?』って迫られたらしい。AVかどうかまでは分からないけど、ビデオカメラも持っていたみたい。即、断ったようですけどね」(前同)

 義援金の分配も一向に進まず、なかには手持ちの金がなくて困っている被災者も多い。そんな人々の弱みに付け込む悪徳スカウト。そして、すでに何人かの被災地美女が悪の手に落ちているようだ。
 「うちの社長もスカウトマンから送られてきた携帯画像を見て大喜び。僕が『本気ですか?』と言ったら、『オレは風評被害なんて気にしない』と、罪悪感どころかデビューさせる気マンマンでした」(前出・マネジャー)

 金儲けのためなら何でもありか。

被災地に出没するAVスカウトマン

あーー賎しい。こんなもんが目に入っちゃう俺のアンテナの取り付け角度が問題なのかも知んないけどさ。週刊実話相手に義憤を滾らせるのってMMR信じて世界滅亡なら受験勉強やーめたって言うようなもんなのかも知んないけどさ。でもねー「あーそれっぽいことはあるんだろうなー」ってのは薄々思ってたし、それに引っかかる子がいるだろうってのも想像に難くない。つーかさ。ファミレス通いしてると、でけー声で話してる奴がいたりすんだよたまに。「今回の地震でどうやって儲けよう」だってさ。クソが。

この記事だと、「告発者も同業者」って書いてるけど、まぁこれを鵜呑みにする訳にもいかん。こう書いておけば、職業の貴賎はとりあえず棚上げにできるからね。真偽はあんまり関係ない。テーマをぶらさないための、正しいやり方だと思う。でも僕は勝手にブログ書いてるだけだからそういう配慮はしません。AVスカウトは賎しい職業です。社会にとっては必要悪で、経済ちゃんと回してて、本当の本当に困ってる子を助ける場合もあるとして、だからなんだってんだ。

中学くらいから、相談事をよくされる、良い人止まりのナンチャッテ非モテボーイをやり続けてきたので良く分かるんだけど、弱ってる子ってほんっとチョロい。「こう言って欲しいんでしょ?」ってのがサクっと通用しちゃう。ツマンネー。友人の彼女とか、俺とはこれまでほとんど話もしたこと無いような子とかから相談事されたりすると、ほんとにもうバカだな!って流れがかなりの確率で作れる。このまま行ったらヤレるなーキメーって感じ。ちっとも会話してる気がしない。オナニーの手伝いしてるだけ。

そういう会話の組み立て方ってただの技術だ。技術に善悪は無い。から、使う人は悪用しちゃいけない。最低限「弱ってるんだから、話したり聞いたりするのが役に立つなら、できる限りそうしよう」って気持ちが勝ち越してないと。もしくは、「まぁ騙してるなーとは思うけども、その結果が相手にとって良い方向に進むのであれば、それはそれで良い」ってのもアリ。大乗な感じ?ハンドル切ったら車が曲がるからって、その車で歩道に突っ込んだら逮捕ですよ。で、AVのスカウトマンって、要はそれをやってんだよな。車を運転したら人だって轢ける!だから轢く!って。ねぇよ。

あーつまんねぇ。もし俺がスカウトやるなら、褒めて脅してなだめてすかして、最後の一押しはこういう感じで話すね。「君に目標があるとして、確かにこの仕事をしなくても、頑張ってる君ならきっと目標に近づくし、うまく行けば達成する事だって出来るかもしれない。それはとても素晴らしい事だね。でも、この仕事をして早くお金を手にすれば、その目標により早く近づくことができるよ。お金を手にするのは悪いことじゃないんだ。もちろん悪いことにも使えるし、そういう人もたくさんいる。でも君はそういう子じゃないと思う。君ならこの仕事をしても、綺麗なままでいられるよ。」←こんな感じ。上京したての子とか、現状に不満持ってる子なんかに効きそう。マニュアル通りっしょー 多分女の子のタイプによって、いくつかマニュアルあるんだぜ。自分の容姿に自信があるタイプの子なら、様子伺いつつ「風俗産業は性犯罪の抑制に効果があるから役に立ってる」とか、「君ならスターになれる」とか、「君なら頑張らなくても稼げる」とか、そういう言い方するんじゃねぇの?経済的に困ってる子なら、「まずは身軽になるところから始めよう。手段は二の次」とかか?しらねぇけどさ。

そういうマニュアルトークを知ってる、使えるって事で優越感持ってる男は浅いッスネーと思うし、そういうマニュアルトークに引っかかって暗いスパイラルに落ち込んでく女は馬鹿だなーと思う。騙すやつは悪いやつで騙されるやつは馬鹿なやつです。人間馬鹿な時期があっても良いけど、後々まで残るってことに対して、もうちょっと想像力働かせようぜと。

はぁ嫌だ嫌だ。こういうの見ちゃう俺が悪いね。お仕事してお勉強して素敵なもの見て頑張ります。はい。

sarustar at 16:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2011年05月18日

ルノアールでネットしようと思ったら、Livedoor freeって無料の無線が飛んでて、それだとLivedoor関係のサイトのみアクセス可というオモシロ仕様だったので、書きかけになってるエントリーを発掘してみる。やってて良かったLivedoor blog。ちなみにルノアールはコンセント使える席がたくさんあって、Livedoor wirelessは月額525円のクレジットカード払いで使い放題らしいです。多分MacBookAirとかLet's noteとか推奨なんだろうけど、僕が開いてるのは18.5inchの重量級ノート。机セマー



で。たたずむ姿はハイセンス、しゃべる言葉は名言ぞろいでお馴染みのarustarとして生きてると、「好きなミュージシャンはB'z!」とか言った時、怪訝な顔をされることが良くあります。「B’zってパクりで有名で、CD出せばオリコン一位wはお約束の低所得者向けヌルロックでしょ?」なんて言外の言葉に繊細な心を痛ませた経験も、一度や二度ではありません。

学生の頃は、そんな通俗的な自分の小ささを隠そうと、「好きなバンド?うーんレッチリ!」なんて自分を偽った発言をしたこともあります。「好きなバンド?B'z!俺音楽センスねぇから!」と道化を演じてその場を切り抜けたこともあります。これはB'zファンの多くが通った道ではないでしょうか。

しかし、今だから言います。そんな生き方は不健全です。もし今でもそうやって生きている人がいたら、早急にB'zを愛していることを認め、キャッチーなメロディに心奪われる自分を肯定し、ダンサーになるためバイトしながらオーディションを受ける黒人女性のような気持ちを取り戻すべきです。STAY GREEN!大丈夫。B'zはその価値があるバンドなのです。

説明できないB'zの良さを、なんとか言語化しようとしてきた僕が今日までに得た結論の一つとして、「B'zは月を追っている」という真理があります。勘の良い読者でも、何のことやら分からないと思います。月の見える丘の話をしているのではありません。どっちかというとバンパイアウーマン、つまりB'zの女性観の話です。

B'zの曲、少なくとも初期〜中期の曲に頻出する女性像。それは一言で言えば、「腹が立つほどイイオンナ」です。奔放で我侭で浪費家なバブル型。気まぐれで恋愛体質な子猫ちゃん型。今や他人の女に納まってる元カノ型。どれもフシダラな夜を過ごすだけならともかく、本気になってしまったら火傷じゃすみません。ライバルはみんなハイレベルな事実を目の当たりにし、「くそー年収倍にしてやるー」なんて張り切って、無理がたたって何かを悟り、サボテン残してRUNAWAYルート一直線になること請け合いです。

しかし。稲葉さんクラスになると、そんな女性相手でないと、恋愛なんて出来ません。仮に出来たとしても、半ズボン体型を維持するモチベーションにはなりません。最初はアクセサリーの男でも良い!なんて真顔で言える重度のイケメンは、恋愛するのだって一苦労なんです。イケメンだって辛いんです。分かるわーその気持ち。俺もジョニーデップに激似だから良く分かるわー。

そういう自分のイケメン振りを隠そうともしない稲葉さんの歌詞は、だからこそ信用できます。対象は違えども、恋焦がれ見上げるベクトルは同じ。リスナーが数多の星を追うように、B'zも満ちては欠ける月を追っているのです。カルメンの似合うkomachi angelとネイティブダンスを踊り、ハピネスな毎日に二人の間にある風船をゆっくり育てるも恋じゃなくなる日を向かえ、いつかのメリークリスマスを思い出す一連の過程は、どんな人もどんな恋愛も持つ多面性を具体的に分解し、だからこそ描き出された本質がリスナーの記憶や感情とリンクします。

自分はバラの花束が似合う男であると宣言し、百万本のバラを贈ってもなお振り向かないイイオンナを追う。騙されまいと思っててもハマる。愚かですが、それが彼の信用に足る真実です。パスタとパチンコでオールオッケーなんてのは、たちの悪い嘘です。そんな、リスナーに媚びた器用なエセ等身大ではありません。高みにあってなお素直な愚かさを保ち続けるB'zは、かっこ悪い相似形で、リスナーとつながっているのです。

ということで。B'zの良さについて、まずはB'zの女性観という観点から書いてみました。書いてから気づきましたが、完全に男目線ですねこれ。まぁ女性ファンが多い理由は確定的に明らかなので良いです。男性のB'zファンって多いんですよ意外に。大概隠れてますけど。あと、僕がB'zを熱心に追っていたのは初期〜中期です。具体的に言うとBrotherhoodまでです。でも色々考えてたら最近のB'zも聞きたくなってきたので、近々まとめて聞いてみます。わー楽しみ。

ちなみに、B'zの良さを書く試みは、多分もうちょっとだけ続きます。次回がいつかは毎度のごとく未定ですが、タイトルは決まっています。「俺、B'zは超えてないな」です。やーもう、全然超えてません。「もうB'zは卒業したな」と自惚れていた大学時代から今日に至るマイジャーニー。どこまで行っても立ちふさがるツインタワー。B'z a.k.a BIG BROTHER。合言葉はSTAY GREEN!です。アーイーヤーイヤーイーヤーイヤイー。

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2011年05月01日

シェア(共有)からビジネスを生みだす新戦略
シェア(共有)からビジネスを生みだす新戦略
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独占、限定、希少価値。そういう昭和臭い言葉に取って代わる価値観として「Share」ってのが語られて久しいけど、皆さん共有してますかー?あなたが手にした価値ある情報は、きっと誰かの役に立つ。そんな情報をシェアすれば、受け取った人はあなたのファンになる。ファンが増えればあなたにも利益が巡ってくる。それこそがインターネット時代の新しい利益の生み方なのです。

しかし。一挙手一投足を注目される人気者ならば「銀座なう」ですら利益になり得ますが、インターネットに多く生息する馬鹿と暇人が何を共有したところで、何の価値もありません。試しに、facebookで「(๑°△°๑) もんぬー!」と呟いてみてください。これで24人から「いいね!」されるのが、Share時代の勝者です。人気者の発する「(๑°△°๑) もんぬー!」は、確かにそのフォロワーと「(๑°△°๑) もんぬー!」な楽しさをShareしたのです。しかも!無料で!信じられない!こんなに価値ある情報を無料で共有!Shareサイコー!!!


(๑°△°๑) もんぬー!…なんだよそれ…


なんだかさ。もう、言っちゃったほうがシンプルだろうと思った。僕には!いやむしろ僕達(マキコミ的な意味で)には!そもそも共有に値する価値なんかねぇ!Shareは、下克上の足しになる場合ももちろんあるものの、多くの場合「持てる者がさらに勢力を拡大するための手段」として機能するのです。かっこ悪いのを承知の上で断言します!「Shareは我らインターネット下層民にとっての福音ではない!アッパークラスに上ったものが示すべき、ジェントルマンシップのようなモノである!」

Shareの持つ本質的な欠陥。それは、「あまりに人間を無視している」という事では無いでしょうか。Shareされるのは情報であり、その価値観の前では人間も一個の情報として扱われます。しかし、人は純粋に情報体としては生きられません。時間に縛られる肉体があり、嫉妬や自己顕示欲といった、目を背けたい負の感情を持っており、そうした負の情報に価値を持たせるテクニックの習得は、万民が持つべき技術、覚悟と言うにはハードルが高すぎるからです。そうしたShareの価値観が人間とのつながりを持とうとするから、そこに「ビジネスを生み出す新戦略」という「つなぎ」の言葉が必要なのです。

そんな「Shareの欺瞞」に立ち向かうために、僕達が志向しうる新しい価値観。それは「Dear」ではなかろうかと思います。手紙の冒頭に書く、「親愛なる…」って訳されるやつです。そんな大仰なイメージじゃなくて、「○○さんへ」位のノリ。「みんなと共有したい!」じゃなくて、「あの人にお知らせしたい!」って衝動に最適化されてる価値観です。

Shareを達成するには自己を消し去らなければいけません。Shareが体現するレイヤーは人間のレイヤーとは違うからです。でも、Dearという価値観には対象者がいます。人間を要素に持つことで、その不完全さを前提とすることが出来るのです。「情報体としてみたら僕には価値は無いけども、あなたを想うこの気持ちには、きっと価値がある」なんて言い方をすると湿度高過ぎですが、それが3クリックくらいで出来るなら、良い感じにドライアウトされるでしょう。4クリックだとアウトかなー。

ということで、そんなDearなwebサービスを妄想してみました。↓これです。
  1. ネットで「これあの人に見せたい!」と思ったときにブックマークレット/右クリックで、メルアド/ツイッターアカウント/etcを入力できるフォームが起動。

  2. そこに相手のメルアド/ツイアカ/etc を入力すると、相手に通知が届く

  3. 受け取った人は通知に書いてある「受け取りページURL」クリック

  4. 「受け取りページURL」で、自分宛のオススメ/動画/音楽/引用/テキスト/画像/URL などが閲覧できる

  5. 「受け取りページURL」には、過去にそのメルアド/ツイアカ/etc に送られたものがリスト化して表示されてる

基本機能はこんな感じ。「受け取る人がログインする必要は無い」ってのが大事。プレゼントを受け取るのにアカウント開設が必要ってのは、ネズミ講ぽくてかっこ悪いよね。モ○ゲーとかグ○ーみたい。あれ、仲良い人からだったらまだ嬉しいけど、基本普段はめったに絡み無い人からなんだよね。うっとおしい。釣竿なんかいらねぇっつーの!どうせあなたのポイントになるんでしょそれ!

だから、閲覧ページはオープンにしておく。http://dearxxx.jp/YOUR_MAIL_ADD とかが閲覧ページになってて、それは誰でも見れる。何を贈られたかなんて、隠す必要ないでしょ?まぁメールアドレスが見えるのは嫌だから、そこはなんか適当に置き換えよう。あなたの家のクリスマスツリーの下に、いろんな人が置いたプレゼントがちょっとづつ増えていく感じ。これは楽しいはず。

で、複数の閲覧ページを結合することが出来るようにしておく。そうすれば、自分宛に送られたオススメを、全部一覧できる。これは、要アカウントにしても良いかな?(自宅のツリーの下のプレゼントは一望出来るべきだけど、それと会社でもらったプレゼントを併せて一望したいっていうのは、さらに突っ込んだ要求だ。)

本当は、送受信共にログインが無いほうが良いんだけど、そうするときっとスパムがめんどくさいから、送る側にだけログイン必須にする必要はあるかも。送られた側は、「この人からのプレゼントは受け取らない!」って判断が出来るし、送った側が履歴を見る事だって可能だ。「誰に送った情報だ」ってタグは、記憶の検索には大変に役に立つ。少なくとも僕の場合は。ただ、受け取る側は「誰が送ったか」ってのは、分からなくても良いかもしれない。そこら辺は送り手の判断に委ねる感じで。


いかがでしょうか。書いてて思ったけど、要はAmazonの「あなたへのオススメ」ってやつを、人間同士のコミュニケーションにも適用しちゃえば良いんじゃね?って事ですね。あーシンプル。「情報洪水など無い。それはフィルタリングの失敗だ」とクレイ・シャーキーは言いましたが、その責を受け手のみに負わせるのは、あまりに無粋では無いでしょうか。

という事で。現状あるwebサービスだとtumblr.が最も近いこと出来るように思うので、試しに作ってみました。これだと現状「俺→micci_d」なので、イメージの半分くらいしか達成できてないんだけどももも。ほんとは自分でさーtwitterAPIとか使って作ってみたいんだけどさー。そんな技術は残念ながらまだ無いのです。
http://dearmiccid.tumblr.com/
ご存知micci_dに向けたページです。micci_dは巡回ページに入れておくように。以上業務連絡。

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2010年08月18日

昔、オンラインで知り合いの主婦の人が、息子にマジコン使わせてるのに文句言った時に、
「CDレンタルとかYoutubeで音楽聞くのとどう違うの!?」って逆ギレされてむかついた事がございまして。
反論してもどーせ感情論でファビョられるだけだろうと思い、その場はお茶を濁したのですが、
昨今のマジコンの普及具合の陰にこいつがいると思うと腹が立ってしょうがないので、ぶちまける事にしました。

マジコン流行っているようですね。
一年位前に深夜の馬鹿力でも取り上げてた
俺は使ったことありません。って注釈入れるのも馬鹿らしいけどさ。
昨年末には蓮舫の息子がマジコン利用疑惑とかあったけど、なんせ罪の意識が無いのが怖い。
で、マジコン利用者の多くが言うのが、どうやら「Youtubeとどう違う!?」って事のようなのです。

マジコン問題とYoutube問題って、単純に「ゲームか音楽か」という点が、実は決定的に違うと思ってます。
音楽にとってYoutubeってのは、「うまく使えば武器に出来る」場所で、LadyGagaの例を出すまでも無く、
インディーズから大手まで、Youtubeはプロモーションツールとして機能しています。

なんでYoutubeはこういう場所になりえた、更に言えばCDレンタルが商売になりえたかというと、
音楽業界って良くも悪くも「アーティスト」を売る業界だから、というのがあると思います。
昔書きましたが、音楽を通してファンになり、好きだ!という気持ちの表明としてCDやグッズを買い、
ドキドキしながらライブに足を運ぶ。そういう業界では、Youtubeやレンタル業態は有効たり得ます。

で。音楽は「ファンを作って、その気持ちをお金に変える」というのが、既に成立してるというだけでなく、
「真っ当な才能の換金手法」の一つだと思うのだけど、ゲームの場合はそうじゃないです。
ゲームはあくまで、(一部のタイトル以外は)ソフトを通じてしか換金できない。
その「一部」ってのはいわゆるキャラゲーと言われるものだったりのことで、
ファイナルファンタジーはキャラゲーに走ってつまらなくなった、と言われたりもしました。

これはなぜかというと、ゲームはあくまでも、「楽しむためのプログラム」だからです。
これはトランプゲームとかボードゲームでもそう。インタラクティブなものは全てゲームと言ってる人が居たけど、
僕はゲームってのは、楽しむ事を追求したルールの体系だと思っています。キャラクターやグラフィックは、
本質的にそのルールを生かし快感を増すための演出です。(もちろん超大事な要素です。)

しかし、ルールにファンはあまり着きません。
サッカーが好き、という人は、多くの場合選手や試合が好きなのであって、
「ボールを手で触ってはいけない」というルールが好きなわけではありません。
テレビゲームの中でも、ポケモンファンだという人がお金を使うのは、ピカチュウグッズです。
「この乱数のバランスが神がかり的に上手いんだよなー」なんて言いません。一部の人以外は。


音楽の場合、曲とアーティストは本質的に強く結びついており、アーティストのファンが増えれば
収益が増えるビジネスモデルが有効に機能しうるため、曲が無料でYoutubeに流れても、
工夫次第でお金に変えることが出来るのです。しかしゲームは「ルールの体系」であるため、
作者やキャラクターと強く結びつかなくても、面白いゲームでありえます。
その純粋性故に、マネタイズの幅がない。ソフトが売れないと作者が食えなくなるのです。

そしてその純粋性は、ゲームの本質でもあります。純粋に、プレイヤーの快楽の為に。
音楽や映画では魅力となりうる「作者のエゴ」が入る隙は僅かです。
ゲームバランスという言葉があるくらい、オモシロさの肝として「調整」が必要です。
作家の力ではなく職人の力が要求される度合いは、テレビゲームが一番でしょう。次点は多分アニメ。

ここまでに異論があるマジコンユーザーは、
「アーティストが誰か分からないけどYoutubeで聞いてる曲の数」と、
「どこのスタジオが作ってるか分からないけど遊んでるゲームの数」を
比べてみるといいと思います。絶っっ対に、後者の方がずっと多いから。
てか、スタジオ分かってゲームしてるなんてほとんどねぇだろ。MotherがAPEだって位しか知らん俺。

要は、Let It Beを「ビートルズ良いなー」って思って聴く人は多いけど、
ドラクエやって「堀井雄二良いなー」って思う人はほとんどいないでしょって事です。
AKB48の新曲!つったらある程度は売れるけど、APEの新作!じゃほとんど売れないでしょうと。
これが、音楽とゲームの決定的な違いです。

この違いがあり、さらに「誰が作ったとかどうでも良い!楽しんで!」という職人気質も大好きなので、
Youtubeで音楽を聴きつつ、しかしマジコンが大嫌いという事に、矛盾は無いと思っています。

これは外野である俺のぶちまけなので、正しい正しくないじゃなくて、好きか嫌いかです。
なので友人の中にもし使ってる人が居たとしても、「まぁお前なら別に良いや」みたいな事もありえます。
が。基本的には、罪悪感すらない奴は嫌いだし、ゲーム業界がマジコン許容するまではアンチです。
その表明として叫びます。でも下品な個人攻撃なので色反転しておきます。

○○きちのド底脳!この程度も想像つかない親に育てられた子供の程度が知れるわ!
何がマジコン使ってないといじめられるだ!教育もできねぇバカが親気取ってんじゃねぇ!
どーせお前もろくな育てられ方してねぇんだろうな!援交くらいしてたんじゃねぇの?
「やらなきゃ苛められるし、みんなやってるし」とか言ってよ!そうやって言い訳し続けてろバーカ!


最後に。
音楽業界の職人達にとってはYoutube問題はより大きな問題だと思うし、
CDを売る事で利益を得ていたレコード会社にとっても見逃せない問題だとは思います。
ネットと音楽については、ココや上記のココに書きました。
今回はマジコンと比較されるYoutubeの問題に的を絞ってます。ご了承下さい。

sarustar at 06:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2010年04月21日

大学中退後、友人の会社に入って2年、フリーで4年、計6年の不良社会人をやってまいりました。
その間になんとなく醸成された、俺の仕事観の変遷について書こうかなと。
いやほら、春だしね。仕事について色々考える人もいるかなーと。

まず、会社員時代。大学の友人が作った会社に制作部として入社。
つっても給料もらったのは2ヶ月だけ。それ以降は歩合制で。
なんか給料もらって働くのが嫌だったので、社長に頼んでそうしてもらいました。

この頃はまだ、お仕事が作品づくりと大差なくて、若かったなぁと。
ただ当時、うちの会社に出資してくれてた通称「会長」という人がいて、
その人からの仕事は最優先、言うことには基本全てイエスで、という
環境だったので、その仕事はそういうものとしてやっていたのが、
今となっては、凄く役に立ったんだなーと思う。

つまり、スピードは凄く大事、と言うこと。
依頼されて数時間とか翌日にサンプル上げられれば、仕事としてはOK。
かっこいいかどうかは2の次で、まずは仕上げること。それさえ守れば、
仕事としては成立するんだと言うことが分かった。学生気分の払拭には役立つ発見。

と同時に、とはいえかっこよさも凄く大事、ということもわかった。
多少時間がかかっても、クライアントをびっくりさせられれば、
それはそれでOKと言うこと。あくまでスピードが前提だけど、それだけじゃなくて、
かっこよさで押し切ることも出来るし、それが出来ればその後はだいぶ楽になる。

スピードとかっこよさ。この二つは矛盾する事じゃなくて、
時と場合で使い分ければ良いって事が分かったのは、凄く良かったと思います。
(もちろん両立させれれば)
勝つためには攻める戦いをしないといけないし、生き残るためには
守る戦いをしないといけない。生き残らないと攻められないしね。
それはどちらも戦いで、価値のあることだと思う。

でで、それから数社を経て、貪欲に居心地良い環境を
求めた結果フリーになってるわけだけど、最近思ってる事は、
出来ること → 稼ぐ!じゃなくて、
出来ること → パッケージ → 稼ぐ!なんだ、って事です。

自分が持ってる強み、例えば技術があるとか、会社というブランドを使えるとか、
なんなら真面目だとか顔が良いとかでもおk。そういうのが直接稼ぎになるわけじゃなくて、
それらを使って、どう商品としてパッケージングするか?そしてそれをどう売るか?
それが達成できて初めて、稼ぎになるんだなーと。

例えば今の僕が出来ることの一つに、映像編集があります。
そこで、映像編集できる!でも仕事ない!不思議!って言うんじゃなくて、
素材とコンテがあれば、このくらいの期間でこのくらいの費用で、
望むものをお渡しできますよ、というパッケージを作って初めて、
仕事として安定する、と言うことです。

要は、具体的な商品を売るのと、なにも変わらないって事ですね。
お米と水入れてボタン押せば、30分でご飯が炊けますよというパッケージが
すなわち炊飯器という商品で、だからそれを売るのが仕事として安定する。
パッケージのアップグレードが進化であって、技術の進化はその一要素。
それは技術屋でも会社員でもタレントでも一緒だと。

この「パッケージ」という感覚を持つかどうかで、自分の人生をどの程度コントロール出来るかが
決まってくるように思ったりしております…ってうわーなんか、自己啓発みたいになってる?キモイ?
ちょっと久々のブログだから、役に立つ事書こうとしちゃってるかも。いやだいやだ。


あ、なんでこんなタイトルかって言うと、2ちゃんまとめサイトとかで、
ITドカタはやたらキツいとか給料安いとかそういう話がよくあるけど、
自分でパッケージ作ろうとしないから、悪い条件で働かなきゃいけないんだよなーって
思ったりしたからです。はい。とりあえず自分一人なら、生きるのって割と簡単で楽しいっすよ。

sarustar at 16:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote