2015年07月17日

マッドマックス 怒りのデスロード



各方面での絶賛にケツを叩かれ見てまいりました。1,2見てないってのは内緒。3は見なくていいって言われたので見てません。この熱量で語ってしまっていけないのは分かっていますゴメンナサイ。でも語りたいのです。

第一感想。面白かったし楽しかったしカッコ良かった!恥ずかしながら免許を取れないエンジン弱者なので真髄をしゃぶり尽くすことは出来ていないのですが、それでもジョー艦隊の空撮とかフレッシュなビヨーンビヨーン描写とかドゥーフワゴンのエレクトリカルパレード感とコーマドーフ・ウォーリアのミッキー感とか手投げ爆矢とかスーパーロングスイングアーム空爆部隊とか美女美女アンド美女とか夜の砂漠の美しさとかニュークスの孤独と宗旨替えとかガソリン口に含んじゃう自分の安さとか恍惚の銀スプレーとか峡谷あるいは山脈のような砂嵐とか凄く良かった。良かったです。ドゥーフワゴンさぁ。良いよねぇ。戦いの場所には勇ましい演説や楽隊が必要だし、あの世界観ならそりゃああなるよねぇ。寝てたコーマドーフがおいおい出番かよって準備する時の感じとかギター構えたスタンス広いフォルムとかほんとカッコイイ。

え、この映画の監督って70歳なの...?

いやーー。なんだろう。恐ろしい。恐ろしい映画ですよこれは。何が恐ろしいって、グロ描写がほとんど無いってこと。この世界観で、この描写で、このコアなファンがすでに付いているジャンル映画オブジャンル映画みたいな今作で、決定的なグロ描写、目を背けたくなる描写がほとんど無いのです。北斗の拳と比べるとよく分かる。すごーく真面目にというか、当たり前の映画として作ってるという。豊か。ロージー他WIVESもそれはもう美し過ぎて笑っちゃったし。なのに演技できるのよね。少なくとも違和感ない。というかあの美女軍団、腹ボテのロージーが違和感無い絵作りて!その豊かさに恐ろしさを感じるとともに、気負いというものが創作にとってある種の枷になるんだという事を重ねて思ったり。凄く熱心なのに、凄く冷静に作っている感じがしました。

それからロードムービーとしても、勉強になるなと。やっぱりロードムービーというのは、非常にプリミティブな映画の、ストーリーの形なのだなぁと思います。点から点に向かって移動する、その道中を描くのが物語なんだよきっと。ていうか、ニュークスの視点で見ると完全に青春ロードムービーなのかも。残された命が短い事を自覚する少年が、自らを守ろうとする呪縛と決別し、アニキの背中を見て成長する...と書くと、まるでマイフレンド・フォーエバーだ。

そう。この映画はそういう物語をちゃんと含んでいるのです。宇多丸師匠も何度も指摘してたけど、プロットはシンプルなのに情報量は多い。車中の描写が大半を占めるロードムービーを見ると、あちこちシーンを変えて、その場に縛られた言動をする登場人物がやけにモタモタしてるように感じちゃったりもする。ましてやこの映画は、120分間クライマックス。その情報の密度ったら。無駄の無さったら。その見方で言うと、ゼロ・グラビティに似てるのかも。ラストの、ズシっとした足取りを描くために120分使ったゼログラ...と書くと順序が逆かな。映像のアイディアがあって、そのアイディアを際だたせるために、極限まで削ぎ落とされたプロット。しかしだからこそ、要所はビシィッと抑えているという。新しい形。おしゃれな形。

CGや撮影技術の発達とともに、そしてストーリー技術や観客のリテラシーの発達とともに、より複雑な方向に向かっていたハリウッド・SF映画というベクトルは確かに存在しました。インセプションが最右翼か?それは確かに壮大で圧倒的ではあるのですが、「できる事をこれでもかと詰め込む」という意味では、今にして思えば若さを感じてしまいます。そのベクトルと比べての、ゼログラビティや本作マッドマックスの、実に大人なこと。軽妙なこと。素晴らしい。その進化の方向性は、世の中の方向性ともリンクしているように思えます。SONYよりもGoProやAppleといった一点突破企業が躍進していることや、なんでも出来るポータルサイトより単機能のアプリが重要なことなど。など。技術を、進化を拡大方向ではなく深化方向へと使う。機能を減らして影響力を強める。

「機能を増やすには技術が必要だが、機能を減らすには哲学が必要。」という、iPhoneやデザインを語る時に良く引き合いに出される言葉があります。JobsがNIKEの社長に「NIKEは最高の製品も多いがクソみたいな製品も多い。良いものにだけ集中しろ」というアドバイスをしたとかね。でもなんというか、機能を減らして、それでも多機能なものと勝負するなら、やっぱり技術はとても大事なんだなぁと思います。モータウンジョー信者高橋ヨシキ氏は、この映画の作りこみは宗教芸術の作りこみと方向性が同じだと指摘していましたが、これはなるほどと思いました。圧倒的技術を非科学的な概念に一点集中するには、共通のビジョンが不可欠です。そしてそれは、Appleプロダクツが宗教的に扱われるのと共通するところがあるのではないかと。

これは河本さんと話さねばね。Appleに似てるとか言ったらツマンネー奴だなとか言われそう。あの人センスわりぃからなぁ。わかんねーなりに楽しむんだろうなぁ。


宇多丸 語り足りない!「マッドマックス 怒りのデスロード」高橋ヨシキ シネマハスラー

sarustar at 16:15│Comments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote レビュー 




トラックバックURL

>

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔