biginners


ちょっと前、映画みたいなーと思ってつらつら検索してたら、「余命宣告された75歳の父がゲイカミングアウトする」という映画がシネモンドでやってるようなので見てきました。性を扱う映画で見たことがあるのは、MILK、ヘドヴィグ・アンド・アングリーインチ、チェイシング・エイミーとかそんなもんでしょうか。アメリカン・ビューティーもそうかな。ティーンの女の子のレズ映画も見た事ある気がするな。

個人的にはこれらの映画の中で、本作が一番好きでした。理由は多分「主人公がセクマイじゃない」という点がでかい。セクマイ=セクシャル・マイノリティ。性的少数派と訳せば良いのでしょうか。メインテーマというかお話の本流は、あくまでも息子(ユアン・マクレガー)個人で、彼と父との葛藤というのは特に無い。さらに言えば、良き理解者という言い方すら不適切な気がする。あくまでも自然に、父の明るさに励まされ、死の悲しさと向き合い、その時一緒にいてくれる恋人(男性)の存在を受け入れている。

お話としては特に好きでも凄くも無いかなと思ったけど、こういう視点の爽やかさというか、「それどころじゃなさ」というのは、とても良いと思いました。死を目前にした父。母は既に他界していて、44年間自分の性認識を隠し続けてきた、ある意味「筋は通した」父。その父が、残された年月を明るく過ごせるなら、カミングアウトの衝撃とかはそれどころじゃないというのは、非常にポジティブで正直な視点じゃないかなぁ...と。なんというか、感謝が先に立つというか。

でね。

こういう映画が、アメリカから出てきたというのは、ぶっちゃけちょっと、悔しい感じはしています。MILKの時代と比べて、確実に価値観が進化している。それに対して日本はと考えると、なんというか凄く言葉を選ぶのですが、借り物の価値観で見当外れな敵と戦っているように見えることがあります。日本の性にまつわる価値観は、アメリカのそれとは違います。社会の仕組みも違います。そんな日本で性の問題を扱う時、レインボーカラーがふさわしいのか?ジェンダーやミソジニーという言葉が踊るべきなのか?というのは、僕なりに性の問題を観察しててちょっと感じる事だったりします。否定するつもりは全然無いんだけど、性関係の話題って発言するのがちょっと怖いんだよね...めっちゃ怒るんだもん。

とはいえ。

この映画はそういう、性にまつわる価値観を強力に牽引するタイプの映画ではなくて、幾多の先達者たちの築きあげてきた価値観の進化のちょっと脇に、脚本・監督であるマイク・ミルズの涼やかな視点をすっと並べてみた、という立ち位置なのかなとは思います。父子の葛藤、性にまつわる葛藤が非常にライトであるだけでなく、例えば死を目前にした父はそれでも肌ツヤが良くて元気だし、ヒロイン、アナはすごく都合がいいセクシーな包容力を持っているし。基本手持ちのカメラワークと相まって、フワフワとした印象は終始あります。

だけど、そういう甘いとも取れる視点が、それでもなぜかそう映らないというか、気にならない。絶妙なバランス。ところどころに挟まれる犬のシャープな台詞や、ユアン・マクレガー、クリストファー・ブラマーの落ち着いた演技、メラニー・ロランの可愛さ。それぞれが大きな説得力となっているからというのは、確かにあります。どれが欠けても、このバランスは崩れていたでしょう。しかしそれだけでは無い。一番の理由は、その視点そのものが持つポジティブな力強さのせいだと思います。ラストの新聞広告を読み上げるシーンでの、アナの愛と信頼感にあふれた台詞は、とても素晴らしい。「そうかーそう理解すれば良いんだ。」と思わせてくれる確かさを持っていると思います。

これ、性の問題で悩んでいる人が見たら、どういう印象を持つんだろうなぁ。楽になるのか、怒るのか。ファンタジーだと一笑に付すのか。僕は好きです。価値観の進化を感じられて。人類は進化するんだよ。だからうまくいくんだよ。